2006年10月09日
人力車

たぶんこの単語日本からインドに入ったと思います(リキシャ=力車)インド語の一つになっている。
人力車(じんりきしゃ)とは、明治から大正時代を中心に徒歩よりも高速な移動手段として用いられた人を輸送する車のひとつであり、横に並べた2つの輪を持つ車に人を乗せ、一人の人で引いて移動するものである(但し、急ぎの場合などに二人以上で引く(押す)事もあった)。略して人力(じんりき)、力車(りきしゃ)とも呼ぶ。人力車を曳く人を俥夫(しゃふ)、または車夫と呼ぶ。乗員(乗客)は1人乗りのもの、2人乗りのものがあるが、過去に日本において庶民的な交通手段として使われていた時代においては1人乗りのものが多い。
人力車の発明
人力車らしい人力車が最初に現れたのは、1868年頃の明治初期の日本である。 人力車は、それまで使われていた籠より速かったのと、馬よりも人間の労働コストのほうがはるかに安かったため、すぐに人気の交通手段になった。
また、1870年代半ばより中国を中心として東南アジアやインドに至るアジア各地への輸出が始まり、特に東京銀座に秋葉商店を構えた秋葉大助はほろや泥除けのある現在見るような人力車を考案し、性能を高め贅を凝らした装飾的な人力車を制作し、その多くを輸出して大きな富を得た。他方、当初人力車の製造と使用を許可された和泉たちは激増する車夫たちすべてから使用料を取ることができず、また当時の特許制度(「専売略規則」)の不備・使いにくさもあいまってほとんど利益を上げることができなかった。この事実が、後に日本に本格的な特許制度の誕生をうながした。
アジア各地への展開
1880年頃、人力車はインドに導入される。 最初はシムラー、20年遅れてコルカタ(=カルカッタ)に現れる。 インドでは、まず中国人の運搬装置の商人が使い始めた。 1914年にその中国人たちが人力車を乗物として使用できるように許可を申請した。 そのあとすぐに、人力車は東南アジアの多くの大都市で見られるようになる。 多くの場合、人力車の運転手は、都市に移住してきた地方労働者の最初にありつく仕事であった。
中国では日本製の人力車が爆発的に広まり、「黄包車」の別名でも呼ばれていた。さらに国産の人力車工場が各地に建てられ、全土に人力車が広まった。上海には大小100を超える人力車工場があったとされる。
ただし1949年以降、中国を統治した中国共産党により、人力車は禁止されるに至った
アジア各国へ日本から人力車が輸出され、地元に根付いたことから、現在でもリキシャなどの名前で人力車が残っていることがある。その多くは装飾が施されて派手なものである。また、人が歩いて引くのではなくて自転車が引くように改良されたものも見られる。
またインドでは、しばしばリキシャはリクシャとも発音される。人力車の運転手をリクシャワーラーまたはリクシャプーラーと言う。

コルカタの人力車
1972年以降、コルカタではいくつかの通りで人力車が禁止された。 1982年、市当局は12,000台以上の人力車を押収し、廃棄した。 1992年の調査では、3万台以上の人力車が営業中で、そのうち6千台が違法車両や未許可車両であった。 ちなみに新しい許可は1945年以降出されれていない。
料金は1回の移動につき2、3ドルである。リクシャワーラーのほとんどは安っぽい宿舎に住みこみ、仕送りをするために節約している。
2005年8月に西ベンガル共産政府は完全に人力車を締め出す計画を発表したが、リクシャワーラーの抗議とストライキに終始した。
2006年現在、かなりの数の人力車がコルカタにまだ残っている。リクシャワーラーの組合は、人力車の禁止に強く反対している。
和印
Posted by マハラニ at 15:56│Comments(0)│TrackBack(1)
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